AIの個別視座と心の全体視座

AIを巡る懸念や不安がなぜ生まれるのか。それは現代人が心よりも脳が優れていると思いそういった社会をつくってきたからである。当社は心中心の世界を作ろうと思っているので、明確なこの驚異との線引を捉えることが出来る。

たとえ人間は脳をメディアに、教育に、あらゆるコンテンツに支配されても心までは支配されない。

心とは有ると無いの両方のBitを有感と無感の座標に記述できる宇宙的スケールの感度を備えたインターフェイスである。

脳は脳科学によって解明されAIに数値化も可能な人間の構造の中で最重要なパーツではあるが、ITでいうと、CPUではあってもネットワーク全体の概念ではない。一方心は、一部と全体を包括した定義に、それぞれ重なり合う複雑系やカオス理論と呼ばれる学問がイメージが一番近い存在である。

具体的には心は体であり、足の裏であり、集団であり、個人であり、歴史であり、未来への直感であり、感性であり、感情であり、友達であり、恋人であり、家族であり、….等など その他「経済活動とは違う観点で見える奥行き全般」というのが語弊はあるが今は正しいかもしれない。

私の尊敬する偉人、渋沢栄一とムハンマド・ユヌスらを代表とする「心を組み込んだ経済発展のパターン」を実現した実績からわかるように、実は切り離さなくても心が正しくあろうとする姿と万人が努力次第で各々の価値観の中で満たされる世界を資本主義と結びつけて実行していく「良い競争社会」は実現可能である。特に渋沢栄一はその証拠に現代日本のほとんど全てのインフラの基本形を作っておきながら三菱や三井や住友のような中央集権的財閥とは絶対に手を組まなかった。この真価が世界を深化させるのはこれからだと個人的にはおもっている。

その為、これらの分析も動員して当社の理念は心を多少複雑なアルゴリズムで表現している。それはAIでは追いつけない、いや別分野の心のアルゴリズムだからである。これに関しては世界のどの文献よりもボリュームのあるアルゴリズムを数世代に渡って作っていく覚悟が必要である。なぜなら、その様なコンセプト自体がこれまで存在しないからである。

そういった視座のため、食事や筋トレから細胞から天文学、芸術から娯楽、マンガから精神世界までを網羅した理論から体感を越境した共通項の抽出という視点になる。

その理由の一つが、父性と母性を適切に振り分けながら座標観測を星座のようにDB化して家族プラットフォーム的に哲学を世代で引き継いでゴールを明確にして運営を、会社を一つの染色体と捉えて行っていくことに、面白さがやどるのである。

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