野球スコアブックアプリ誕生秘話 第4話 「プレゼンの予定が…」

急いで印刷したそれをリュックサックに入れると、

愛車のクロスバイクでアポイント先の三軒茶屋まで向かった。

当時の私は都内であればどこでも、よくクロスバイクで移動していたのだ。

 

この時の私は、まだあの揺れが東日本大震災である事を知らない。

 

他の事が目に入らないほど、今回のプレゼンに賭けていた。

2011年3月3日に合同会社クラウドプロダクションを立ち上げ、

事業の柱となり得る大きな期待を今回の野球スコアブックのアプリに賭けていたのだ。

住んでいる吉祥寺から三軒茶屋まで自転車で約40分。

 

クロスバイクと比べ、山籠もりの下山で使用していた原付の方が速度としては、明らかに出ていたはずなのだが

景色の移り変わりは、都会の方が圧倒的に早く感じる。

それは、田舎の田園風景と比べ、ビルや道路、人が多い事も去る事ながら、

人が生き急いでいるからと思えてならない。

人の生きている速度が違う。

都会とはそういう場所だ。

そういう場所で生き抜いていく覚悟を決めていた。その第一歩が今回のプレゼンとなると心に刻んでいたのだ。

 

道中の事は、よく覚えていない。

クロスバイクを漕ぎながらのこれから始まるプレゼンのシミュレーションで頭がいっぱいだった。

きっと、道路は渋滞が酷かったと思うのだが、全く記憶にない。

 

そうこうしているうちに、三軒茶屋のアポイント先に到着。

アポイント先の会社は、以前私が上京してきた際にお世話になった会社である。

 

求人広告がご縁で、3年ほど働かせて頂いた。

プレゼンの相手は、30人の制作スタッフを雇い入れている社長であり、元上司。

当時の私は、ホームページ運用の外注の仕事を頂いており、

独立時にも、会社へ注文が入ったホームページ作成の案件を依頼してもらっていた。

東京の恩師と言ってもいいかもしれない。

 

元々働いていた事もあり、鍵を所持していた為、先に社内へ入らせて頂いた。

 

応接室のソファーで、時計の針が動くのを確認する…。

秒針が刻々と進むのを目で追う。背筋を伸ばし、待つ…。

クロスバイクの速度とは比べ物にならないほど、ゆっくりした時間が流れる。

手持ちぶさたからか、この間にプレゼン内容をぶつぶつと音読し、一人で最終読み合わせを行ったりもしていた。

 

 

約束の時刻…。

社長は来ない…。

 

 

ただ、ひたすら待つ…。

 

 

そして、15分後…。

 

 

やはり社長は来ない…。

 

 

時間を持て余し、何となく応接室にあったテレビの電源をリモコンで入れる。

 

 

時刻は16時15分

 

絶句する…。

一瞬、現実の事象なのか?と疑うような光景がテレビに映し出される。

 

 

押し寄せる津波…。

 

飲み込まれる車や、田畑…。

 

流される、家、物置…

 

 

まるでパニック映画に登場するようなワンシーン。残念ながら現実のようだ…。

映し出された光景が脳内で処理できない…。激しく混乱した…。

これは一体どういう事だ…?

 

私は、この時に初めて、ラックが大きく揺れていたのが、この地震が原因である事に気付く。

説明するまでもない。この揺れこそが、東日本大震災であった。

 

暫く下手に動くのも危ないと思って事務所でテレビの前に居座り、SNSを中心にネット上の情報を漁る。

テレビ報道によれば、東京へも物資供給が少なくなるのでは? といった旨の内容がキャスターから伝えられた。

私は、慌てて近くのコンビニに向かい、有り金全てを使い、食料調達代へと充てた。

 

購入した食料たちを、社長の会社の冷蔵庫に詰め込み、

置き手紙とプレゼン資料を置いて、三軒茶屋を後にする。

 

後に社長から、冷蔵庫に食料を入れて置いた件について「あれがあって、本当に助かった」

(当時都内のコンビニやスーパーから食料が根こそぎ姿を消し、入荷待ちの状況がしばらく続いた)

と感謝される事になるのだが、この時は、まだ知る由もない。

 

その後、彼女(現在の妻)とも連絡を取ろうと試みるも、電話が繋がらない…。

この日の回線は、非常に混雑していた。連絡が取れたのは、2日後だった。

 

 

帰り道、行きと同じように

茶沢通りから、下北沢を経由して、環八を通り、吉祥寺まで戻る…。

 

帰りも、行きと同じく渋滞が激しかったはずなのだが、全く記憶にない。

 

 

会社を立ち上げたばかりで、事業の柱となるはずだった、今回のプレゼン…。

 

今回の地震で、どれだけ保留になるのだろう…?

あるいは、この件事態が無くなる事もゼロではないだろう…。

 

世の中は、どうなってしまうのだろう…?

 

帰りのペダルは、行きのものと比べ、とても重く感じ、同じそれが付いているのは思えないほどであった。

それは言いようのない、先行きの不安が、身体全体に重くのしかかり、包み込んでいるのを感じていたからに違いない。

 

社運をかけた野球スコアブックのアプリ案件は、予想し得ない事態…。まるで津波にでも飲み込まれるかのように、いきなり暗礁に乗り上げたのだった…。

〈この続きはまた次回の投稿で〉

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